親が元気そうに見えていると、「まだ大丈夫」と思ってしまいます。
でも、離れて暮らしていると、その「大丈夫」がいつまで続くのかは分かりません。
もし、親に何かあったとき、自分がすぐに駆けつけられなかったら。
今回、父が突然動けなくなったとき、私は自分ができないことを、たくさんの人に支えてもらうことになりました。
そして、もう一つ気づいたことがありました。
3日前まで元気だった父が、突然動けなくなった
帰省から戻って、3日後のことでした。
ケアマネさんからLINEが届きました。
「昨日から、お父さんが背中が痛くてベッドから動けなくなっているようです」
そんな内容でした。
「え? 何があったの?」
つい3日前まで、私は次女と実家にいました。
そのときの父は、いつもと変わらず元気そうでした。
私たちが帰ったあとも、普段どおりの生活をしているものだと思っていました。
それなのに、救急車を呼ぼうかと思うほどの痛みがあったというのです。
転んだとか、どこかから落ちたとか、けがをしたという話はありませんでした。
だから余計に、なぜ急にそんなことになったのか分からず、心配になりました。
ただ、ケアマネさんが様子を見に来てくれた頃には、痛みはだいぶ治まっていたとのこと。
それを読んで、少しだけホッとしました。
でも、頭の中にはずっと、
「何があったんだろう」
という疑問が残っていました。

遠距離の私に代わって、母のケアマネが父の対応をしてくれた
後から聞いた話では、その日は、たまたま母のケアマネさんの月1回の定期訪問の日でした。
いつもなら1階に降りてくる父が、その日は降りてきません。
「お父さんはどうしたんですか?」
ケアマネさんが母に尋ねたそうです。
母は最初、自分のケアマネさんに父のことを話すのをためらったようです。
でも、ケアマネさんのほうから聞いてくれたことで、
「実は、昨日から背中が痛くて、ベッドで動けなくなってるんです」
と打ち明けることができました。
すると、ケアマネさんは2階に上がって、父の様子を見に行ってくれました。
熱中症にならないようにと、飲み物も運んでくれたそうです。
そして、父が動けないということは、母に食事を作れない。
それだけではありません。
ケアマネさんからの報告には、父が動けなくなったことで、母もかなり興奮していたとありました。
もともと不安を抱えやすい母です。
突然、夫がベッドから動けなくなったのですから、母自身もかなり不安だったのだと思います。
父が動けない。母の不安も強くなっている。
二人の生活を、どうやって回すのか。
そこで手配してくれたのが、高齢者向けの宅配弁当でした。
さらに、母が普段利用しているデイサービスの送迎担当者や訪問看護師にも、父の様子を気にしてもらえるように伝えてくださいました。
不安になっていた母の話を、その方たちが聞いてくださったこともありがたかったです。
そして私は、その対応がひと通り落ち着いたあとに、ケアマネさんから届いたLINEで父のことを知りました。
母のケアマネさんなのに、父のことまで気にかけて、ここまで動いてくれた。
遠距離にいる私には、その場で父の様子を見に行くことも、食事を用意することもできません。
だからこそ、ケアマネさんが必要なことをその場で判断して動いてくださったことが、本当にありがたかったです。
そして何より助かったのは、私に「お父様が動けなくなってます。どうしましょう?」と判断を求めるのではなく、まず必要な対応をしてくださったことでした。
私がすぐには帰れないことを分かったうえで、落ち着いてから詳しく経過を知らせてくださった。
そのことにも、経験のあるケアマネさんの頼もしさを感じました。

帰らなくても大丈夫と思った4つの理由
LINEを読んだ私は、すぐに父に電話をしました。
「昨日はものすごく痛くて辛かったけど、今は薬が効いてるのか、だいぶ治まったよ」
電話に出た父の声は、思っていたより明るいものでした。
近くのかかりつけを受診して、薬を出してもらった。
原因は分からなかったとのことでした。
救急車を呼ぼうかと思うほど痛かったのに、今はだいぶ治まっている。
そのことに、私は少し安心しました。
母にも電話を代わってもらいました。
すると母は、
「お弁当さえあれば、一人でなんとかできる」
と言います。
父が動けなくなったら、母のことも何もできなくなってしまう。
そのため、ケアマネさんは母にショートステイも勧めてくれたそうですが、母は断ったとのことでした。
でも、宅配弁当を手配してもらったことで、少なくとも食事については何とかできそうです。
父の痛みも治まる方向にある。
ケアマネさんも対応してくれている。
それなら、今すぐ私が帰省しなくても大丈夫そうだ。
そう判断しました。
遠距離で暮らしていると、親に何かあったとき、「すぐに駆けつける」ということがいつでもできるわけではありません。
だからこそ、その場の状況を聞いて、今、自分が何をするべきなのかを考えるしかありません。
このときは、電話の向こうの父の明るい声と、ケアマネさんがすでに動いてくれていることに、救われた気がしました。

父が無理をしたのは、私たちのせいだったのかもしれない
父の痛みが治まってきたことで、私はひとまず安心しました。
でも、母と話しているうちに、別のことが気になり始めました。
「お父さんは、あんたらが家に帰ってから、やらんでいいのに色んなことをやったから疲れたんよ」
母がそう言ったのです。
私たちを責めているわけではありません。
でも、その言葉を聞いたとき、私は思いました。
「私たちが帰ったあと、できなかったことを一気にやったのかな」
私の両親は、起きる時間、食事の時間、家事をする時間、入浴する時間、寝る時間まで、規則正しく生活するタイプです。
そんな二人の生活の中に、私たちが帰省したことで、普段とは違う時間の流れができました。
私たちがいる間は、いつものようにできなかったこともあったと思います。
そして、私たちが帰ったあと、「元の生活に戻さなくては」と思ったのかもしれません。
父が無理をしてしまったのではないか。
そんな気持ちが出てきました。
実は、帰る日にも心当たりがありました。
その日は天気が悪く、使った布団を干すことも、シーツを洗濯することもできませんでした。
私たちが「どうしよう」と思っていると、父が、
「晴れたらお父さんがやるから置いといて」
と言いました。
私たちはその言葉に甘えて、そのままお願いしてしまいました。
私が、
「ごめんね、私たちのせいだね」
と言ったとき、父は、
「いつもやってることだから、関係ないない」
と否定しました。
それでも、その後ケアマネさんから届いた看護師さんの報告を読んだとき、私は決定的にそう思ってしまいました。
そこには、
「いつもはしない布団の片づけなどもしたようで、筋疲労による痛みと思われます」
と書かれていたのです。
「やっぱり……」
と思いました。
3日前まで元気そうだった父。
その父が、私たちが帰ったあとに、いつもはしないことまでして、動けなくなるほどの痛みを抱えてしまった。
父は否定していて、本当のところは分からない。
それでも私は、「私たちが無理をさせたのかもしれない」という申し訳なさを抱えることになりました。

帰省中に、母を支えてくれている方たちと顔を合わせておいてよかった
父のことを心配しながら、その後もケアマネさんと何度かLINEでやり取りをしました。
その中で、私はふと、今回の帰省中のことを思い出しました。
私は今回の帰省で、母のデイサービスの送迎の時間に、送迎を担当している方にご挨拶することができました。
「いつもお世話になっております」
「いつもお気遣いいただきありがとうございます」
そんな短い挨拶をしただけです。
送迎の車には利用者さんたちが乗っているので、長く話をするような時間はありません。
訪問リハビリの方にも、同じように挨拶をして、「体はどうですか?」と聞いて、母の様子について説明を聞きました。
こちらも、あまり長く話していると仕事の邪魔になりそうだったので、ほんの短いやり取りでした。
そのときは、「よく見てくださっているな」と感じたくらいでした。
でも、父のことでケアマネさんから連絡をもらい、母の担当している方たちにも父の様子を気にしてもらっていると知って、私の気持ちが少し変わりました。
「ああ、あの方たちが父の様子を見てくれたんだ」
顔が浮かぶのです。
そして、
「あのとき、いつもお世話になっていますとお礼を言えて、本当によかったな」
と思いました。
遠距離で暮らしていると、親を支えてくれている人たちと、普段から顔を合わせることはなかなかできません。
だからこそ、帰省したときに直接挨拶ができたことは、思っていた以上に私自身の安心につながっていました。
父のことを助けてもらったから、あのとき挨拶しておいてよかった、という単純な話ではありません。
その人がどんな人なのか、どんなふうに母を見てくださっているのかを、実際に自分の目で見ることができた。
そのことが、離れて暮らす私にとって、大きかったのだと思います。

少しずつ、いつもの生活に戻っていった
それから私は、毎日父に電話をして、様子を聞きました。
父の痛みは、その後治まっていったようです。
ケアマネさんからは、母の訪問看護師さんから聞いた父の様子も送られてきました。
その報告を読むと、少しずつできることが増えていました。
外へゴミを出しに行けるようになった。
毎週通っている整形外科のリハビリに、車を運転して通えた。
一つひとつの報告を読むたびに、「よかった」と、安心していきました。
そんなやり取りをする中で、ケアマネさんが父のやせていることも気にかけてくださいました。
「もともとは活発で、よく食べる父なんです。でも、背中が曲がってから長く歩けなくなって、運動量も減りました。それにお腹の調子が良くないこともあって、食事量が減っているのかもしれません」
と私が伝えると、ケアマネさんは、「フレイルかもしれないですね」と言いました。
フレイルとは、心身の力が少しずつ弱ってきた状態のことです。
食事量が減ってやせてきているかもしれないこと。
筋力・体力が落ちてきているかもしれないこと。
今回のことだけではなく、少しずつ変わってきていた父のことを、改めて考えるきっかけにもなりました。
そして、1週間利用した宅配弁当について、父にも電話で聞いてみました。
「お弁当、どうだった?」
すると父は、
「おいしかったから、これからも取ろうかなと思ってる」
と言いました。
ただ、昼と夜の両方を毎日頼むとなると、かなりの金額になるから悩んでいるとのこと。
そこで私は、
「夜だけ取るとか、週に何回かだけ取るっていう方法もあるよ」
と伝えました。
父は、
「それがいいかも。考えてみる」
と言いました。
その電話を切ったとき、私はようやく、「大丈夫そうだな」と思いました。
まだ気になることはあるけれど、ひとまずいつもの生活に戻れそうだと思い、やっと肩の力が抜けました。

次の帰省の予定は10月。
母の認定調査のために帰省する予定です。
おわりに|今日お伝えしたかったこと
今回のことで、私が一番強く感じたのは、遠距離介護では、「自分ができないときに頼れる人がいること」が大きな支えになるということでした。
今回、父が突然動けなくなったとき、私はすぐに実家へ行くことができませんでした。
でも、母のケアマネさんが父の様子に気づき、必要な対応をしてくれました。
そして、母を普段から支えているサービスの方たちにも父のことを気にかけてもらい、私はその様子をケアマネさんから教えてもらうことができました。
その経験から、もう一つ思ったことがあります。
遠距離介護は、親のそばにいられないことを補うために、親を支えてくれる人たちとのつながりを少しずつ作っていくことなのかもしれない。
今回、帰省中にサービス担当者の方たちにご挨拶できたことも、ほんの短い時間でした。
それでも、顔を知っているだけで、後からその方たちが父のことを気にかけてくれたと知ったときの安心感が、全く違いました。
親のそばにずっといることはできなくても、親を支えてくれる人たちと少しずつつながっていく。
それも、遠距離で親を支えるために、私にできることの一つなのかもしれません。
